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北海道日本ハムファイターズのアナリストに聞く「データ活用の目的」と「アナリストに求められること」

MLB全球団、NPBでも多くの球団で活用が進むラプソード。

春季キャンプでは、多くのチームがラプソードの計測機器を活用して練習に励んでいる様子がメディアで紹介されていました(下記は一例です)。

プロ野球の世界でもデータ活用が当たり前になりつつあると感じる一方、「プロ野球チームは春季キャンプ中にどう計測したデータを活用しているんだろう?」という疑問を持つファンの方も少なくないかと思います。

そこで今回、Rapsodo Japanでは北海道日本ハムファイターズのキャンプ地「タピックスタジアム名護」を訪問し、ファイターズのアナリストを務める井尻哲也さんに上記の疑問をぶつけてみました。

キャンプ中のデータ活用のみならず、パフォーマンス分析の考え方やアマ球界のアナリストへのアドバイスについてもお聞きすることができたので、ぜひご一読ください。


パフォーマンス分析の3つの目的とは

井尻 哲也(いじり・てつや)1984年10月12日生まれ。茨城県つくば市出身。東京大学大学院総合文化研究科にて博士号 (学術)を取得後、NTT コミュニケーション科学基礎研究所(リサーチアソシエイト)、東京大学大学院身体運動科学研究室の助教を務め、2021年から北海道日本ハムファイターズのアナリストとして従事。学部生時代は東京大学硬式野球部に所属し、東京六大学野球連盟にてプレーした。

ーファイターズは、春季キャンプの際になぜデータを計測するのでしょうか。

井尻:春季キャンプと言うより、そもそも我々がチームとして行なっているパフォーマンス分析とは何か、またそこに付随してなぜ練習から計測するのか、についてお話します。

まずパフォーマンスを分析する目的を切り分けると、以下の3段階に分けられると考えています:

①選手の能力の評価
②課題抽出
③介入(コーチングのお手伝い)

「①選手の能力の評価」について、通常プロ野球チームは週6日で試合がある中で常に計測が行われています。能力評価はほとんど試合のデータでカバーできますが、そこに練習のデータが含まれると解像度が高まるというか、どこに課題があるのかというのが特定しやすくなります。

たとえば練習ではパフォーマンスは高いのに、試合では低くなる時にその間のどこに選手の問題があるのか分析することにつながります。そのため、ファイターズでは春季キャンプに限らず多くの練習でデータを計測しています。

北海道日本ハムファイターズではPRO 3.0を打撃練習の際に活用し、打球データを計測している

ー試合と練習のデータを比較するということですね。

井尻:はい、練習・LIVE BP(シート打撃のような練習)・実際の試合などを様々な観点で比較しています。試合と練習のデータを比較して課題を発見し、克服するための分析が「②課題抽出」です。当然課題が明確であった方がトレーニングも練習も試合へのアプローチも、全ての活動の有効性が高まります。

ここでデータを活用していないと、課題の克服が「感覚頼り」になってしまいます。もちろん感覚はとても重要で頼りになりますが、客観的・定量的なデータと合わせて活用した方が、より練習の意図・狙いに対してどういう結果が出たかがわかりやすい。だから出てきた課題をつぶすための後押しのために定量的なデータを使います。

たとえば、ある選手が安定して打球速度を出すことが課題だとしたときに、計測をしていれば何をして打球速度が上がったか、何をして下がってしまったかが分かりやすくなります。

筋力の数値は上がっているのに打球速度に変化がない場合は、スキルに問題があるかもしれない。逆に身体評価に変化がないのに打球速度の向上が見られる場合は、スキルが向上したからかもしれない。その場合はじゃあもっと体づくり頑張ろうとか、方針がクリアになります。

やるべきことを明確にするとか、取り組みがそもそも効果的なのかということを日々確認しながら改善に努めています。

計測すること自体は目的ではなくて、手段の一つでしかないと考えています。最先端の機器をみんな使っているから使おうではなくて、ファイターズでは目的意識・課題意識がなければ使わないし、必要であればキャンプからしっかり使っていこうというのが球団の方針です。

ラプソードのクラウドでは、上記のようなチャートで日々計測した打球データについて分析することができます(※こちらは北海道日本ハムファイターズのデータではありません)。

ーそれでは「③介入(コーチングのお手伝い)」については、どのような仕組みで行なっているのでしょうか?

井尻:基本的には、各担当コーチとまず話をして、データ・資料をもとに提案するところからスタートすることが多いです。

直接選手にアプローチして、勝手に提案して介入して、ということはしません。チームのルールとして現場と相談・議論しながら進めていこうと決めているので、常に信頼関係を築きながら進めていきたいと思っています。

提案を選手に伝えるべきか、いつ伝えるべきか、どういう形で伝えるかとかは色んな問題があるので、特にシーズンが始まってからだとタイミングが難しいこともあります。なので、シーズン中に大改造しなきゃいけないというのはほぼなくて、シーズンの前後に総点検をコーチ、選手と一緒に行っています。

特にオフにどういう方向でトレーニングするか合意することは、重要課題のひとつです。総点検の場にアナリストは提案を持っていくし、コーチや選手もそれぞれ考えを持ち寄って、すり合わせた上でオフに入ります。

春季キャンプはシーズンイン前の最後の仕上げなので、我々アナリストはすり合わせた方針に沿ったトレーニングができたのか、その結果をデータで確認します。そのため基本的には現状把握にフォーカスしているので、キャンプ中から新規に提案するというのは殆どありません。

ここからはモニタリングと、なにかおかしくなってきたときになるべく傷が浅いうちに伝える。それもコーチに最初にアラートを投げたり、タイミングを見て選手に伝えたりするように心がけています。

ー「データから出てくるアラート」というのは、具体的に言うとどういったものが挙げられますか?

井尻:一概には言えないし何が正解かはないと思っていて、これこそ研究だと思っていますが、まずはフィジカルのデータ。体がボロボロになっていては何やっても上手くいかないですし、コンディショニングの確認は重要だと思っています。

あとは野球のパフォーマンスで出力が落ちてないか、正確性・精度が落ちていないか。特にバッティングの場合は選手ごとに特徴も全然違うので、どの指標を見るべきかも異なってきます。たとえば、皆が皆打球速度を見るわけではないです。選手に合わせたデータの選択・確認が必要であるということは重要なポイントかと思います。

それでもやはり万人に当てはまる正解はないし、分からないこともたくさんあります。確度の低い仮説を選手に伝えることもありますし、少し間違えたなと反省することもあります。日々限界を感じながら働いていますが、少しずつ前進していることも実感してはいます。

プロ・アマ問わずデータ分析を現場に活かすには、「対話」がなにより重要

3月25-26日にタピックスタジアム名護で行われたオープン戦では、球場設置型デバイス「Rapsodo Stadium」の実証テストも行った

ーそれでは、アマチュア球界におけるデータ計測の重要性はどのようにお考えでしょうか?

井尻:プロ野球の世界とは真逆でたまにしか試合がなくて練習がたくさんあるという環境なので、データの使い方も難しいなと思いますね。正直プロよりアマチュアの方がより難易度が高いと思います。

しかも試合のデータが取れないわけじゃないですか。Rapsodo Stadium*が普及していけばまた別ですけど、試合のトラッキングデータが取れないなかで、練習においてトラッキングツールのデータを活かすというのは、なかなかの難しさがある気がします。

*参考:野球の弾道測定分析機器・ラプソード、11月24日に開幕するジャパンウィンターリーグ全44試合にて球場設置型デバイス「Rapsodo Stadium」の実証テストを実施

ー数字を上げることが目的になってしまいやすい

井尻:アマチュアの現場をそこまで見ていないので断言できませんが、測ったデータの活かし方が分からずに困っているケースは多いのではないかと想像しています。ただそこで活かせなかったときに、「やっぱりこういうものを使ったって意味がないんだ」という結論になってしまうと、すごく残念だと思います。

また、トラッキングデータだけがデータなのではなく、スコアデータや主観評価などの質的な情報も全てデータだと言えます。セイバーメトリクスの基本的な指標もトラッキングデータを使わずに算出されます。

高価な機器がなくてもデータの活かし方はたくさんあるはずで、データを活用することでより深く野球を理解できたり、野球の楽しみ方が増えたり、選手の特徴に応じた活躍の仕方を発見できたり、結果的に個人やチームの野球に関わる体験がより良くなればいいなと思います。

ープロの選手でも、データに関心があってもうまく活用できないことはありますか?またその場合どうアドバイスしていますか?

井尻:出てきた数値をただ見ていてもうまく活用することは難しいと思います。プロの選手は優れた感覚を持っているし、自分の身体を操作することに非常に長けています。なので、適切にサポートしてどこに重要な課題があるか、どういう方向に進めばいいか、大まかな地図のようなものを共有さえできれば、プロの選手は自分でデータを活用できるようになると思います。

また、僕らは聞かれたことに対する答えだけを返すようにはしないように、いつも気をつけています。

選手が何か疑問を持ったときに、何をして、何を考えてそのような疑問に至ったのか、本当に選手が知りたい情報は何なのか、知るべき情報は何なのかなどを会話をしながら把握したいと考えています。その対話を通してお互いの理解がすこしずつ深まっていくような、そんな地道なプロセスがとても重要だと思います。

僕らも選手との会話の中で気づかされることがたくさんありますし、アナリストの仕事というのはそういう時間をかけた取り組みなのかなと思っています。

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以上、北海道日本ハムファイターズのアナリスト・井尻哲也さんのインタビューをお届けしました。

ファイターズのラプソードを活用した取り組みは以下の記事でも詳しく紹介されているので、こちらもぜひご一読ください!

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公式noteでは、今後も定期的に商品・サービスやその活用方法についての情報を発信していきます。

引き続きどうぞよろしくお願いします!

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